飯食[か]ね嫁御

(宮城県、鬼首)

昔、あるところにえらく稼ぐ(よく働く)、けちな男が居だんだどや。
飯を食ね、よく稼ぐ嫁、欲しいもんだなあ、どて、
何時もそのあたりを聞いて歩いていたんだどや。

そんなこんなすて、探すてえる内に、

「あんた、あんた。
飯を食わない嫁さんを探しているんだって。
いるよ、いるよ。私が世話するよ
(あんだ、あんだ。飯の食ねおがだ、たねったずんねが。
えだど、えだど。オレ世話すっぺちゃ。)

村はずれの、どふけ婆(世話好きで身なりのだらしない婆さん)に、
その話すを聞いた男、大喜びで、貰うことにすたんだどや。

(次からは全国区の読者の理解のために、
会話の後ろにのみ方言を入れます。)

民話の会場で語る大場さん
民話の会場で語る大場さん

いよいよ嫁入りの日が近づいて来たが、男は思った。

“ご祝儀するのに、爪に火ともすようにして貯めた金を使うなんて、
そんな勿体ないことは、していられないワ
(ご祝儀すんのに、身銭使うなんて、
そんなえだますいごど、すてえられるもんでね。)

銭使わずに、嫁貰う方法ないもんだろうか、と考えを巡らした。
名案が浮かんだ。

「夜遅くなってから、来てくれないか?
(夜遅くなってがら、来てくんちぇ。)

と、どふけ婆さまに言ってやったんだと。
すると嫁御の方から

「夜は寒くて外に出ることが出来ないんですワ
(夜は寒くて外サ、出はらんねんだもや。)

夜は足元は悪いし、外には出られないものねと、
あっさり断って来た。
さあ、困った。

次に男は

「雨の降る日、仕事の出来ない日に来てくれないか?
(雨の降る日、仕事の出来ねえ日に来てくんちぇ。)

と言ってやった。
そうしたら、

「雨の日は身体が縮こまって、
思うように動くことが出来ないんですワ
(雨の降る日は、オラ身体がつづこまって、動がんねもんししゃ。)

と、また断ってきた。

さて困ったな・・・
さすがのけちな男も、

「あんたの都合の良い日に、来て貰っていいよ
(あんたの良い日に来てくなえん。)

と、言ってやった。

そうは言ってやったものの、

“一日も早く嫁御に来て貰って、働かせたいもんだ
(稼[か]しえがしえでもんだ!)

と、野郎、爪先立ちして、毎日毎日、戸の外を眺めていた。

それから何日か経った。
ある日、それは朝からぽかっと日の射す天気の好い日だった。
好い日だな、と、ずう~っと向こうを眺めていた。

“今日あたり、来てくれるといいのになあ。”

と、こうして爪先立ちして眺めていた。

と・・・
遠くの方から、髪を高く結って、手ぬぐいをばさっとかぶった娘が、
どふけ婆んばに連れられて、やって来るのが見えた。

やあ、来た来た!

野郎は、走って、迎えにいった。

娘がかぶっていた手ぬぐいをちょっとめくって見たら・・・
うあ、たまげた! 
大しためんこい娘だっ。

「本当にこの娘、飯を食わないんだろか?
(本当にこの娘、飯かねんだべか?)

嫁に来て、何日経っても、飯を食わないで、
グルグル、グルグル、グルグル、グルグル回りながら、
大した、よく稼ぐ(よく働く)嫁御なんだとサ。

男は思った。

“いやいや、飯を食わない嫁御を欲しいと思ってはいたが、
こんな不思議なこと、世の中にあるもんだな。
一体全体、何を食って生きてるんだろうか?
(いやいや、飯の食ね嫁、ほすいど思っては居だったげっども、
不思議なこともあるもんだ、
いってぜんて、何食って生ぎでるもんだべないや?)

気になって、気になって不思議でならない男は、

(大場さんいわく、
「飯食ね嫁御、欲しかったのに、この野郎、何で飯食ねえんだ、
とそれが気になるんだな」)(会場、爆笑)

世の中におかしこともあるもんだな、とがまん出来なくなった。

そうしてある時、こそ~っと天井裏に隠れて見ていると・・・
嫁御は、慾たかりの男が居なくなったと思ったのか、
大きな釜にお湯をゴンゴン沸かし始めた。
見ていたけちんぼの男は、

“何するんだろう?(何たらことするもんだべ。)

と、思った。

米袋からドドドッと米をあけ、飯を炊いたな、と思ったら、
人の頭ほどもある握り飯を、
むっつむっつ、むっつむっつと握って、山のように積み上げた。
満足そうな面して、ちろちろ、ちろちろと
真っ赤な細いべろを出して、ぺろっぺろっと口なめずりすると、
満足そうに首をもたげた。

その内に、高く結った髪をぱさっとほどいて、
ぐらんと一振りすると、
頭の上に、おっきな口がばかっと開いた。
その口へ、スットンスットン、スットンスットンと、
握り飯を投げ込み始めた。

野郎、腰抜かしてしまったぞ。
動転[どてん]して、腰を抜かし、身動きすら出来なくなった。
息をつくのもやっとの思いで、
目ばかりギョロギョロとあけて、床に這いつくばっていた。

女は、握り飯を皆、食い終わると、上の方をじろっと見て叫んだ。

「おとっつあん、そんなとこに上がって何してる?
早く降りてこい! いつまで、そんなところに居るんだ!
(おどっつあん、そんなとこサ上がって、何してるや?
ワラワラと降ってくらっせえ、いつまでそんなとこに居るのだ!)

「とっとと、降りてこいと言っているのが、分からないのか!
(ぐぐと降って来いって言ってんのが、分がんねのが?)

と、呼ぶのだけれども、
何せ腰が抜けてるから、降りられない。(会場、笑い)

「人を嫁に貰って、飯も喰わせないで、働かすような男、
どうしてくれようか!
(人どご嫁に貰って来て、飯もかしえねで、稼がせっぺとするような男、
なじょしてけんべな。)

「よしきた。この四斗樽に入れて、
山ん中を引きずり回して、食ってしまうぞ
(よすきた、この四斗樽サ、入れで、
山中引きずり回した挙げ句に、食ってけんベがな!)

「早く降りてこい。
樽の中に入れ、と言っているのが、分からないのか!
(早く降ってくらっせ!
樽の中サ、入れって言ってんのが、分がんねのが!)

男は、それでも何とかかんとかして、
後ずさりしながら、梯子を降りた。
嫁御は、降りてきた男の首根っこを、バーッと掴んで、
四斗樽の中へ、バーンと投げ込んだ。
男がこそっと桶の縁から見てみると、女は、
何と大きなヘビになっていた。
ぐえらと樽をかたいで、
ヘビは、ズズーン、ズズーンと、藪の中を這いだした。

“こりゃ、このまんまでは、おれ殺されてしまうワ。”

とちじこまっていた。
どうしたらいいか、と、ひょいと上を見ると、
大っきな木の枝が目の前にぶらぶらと、ぶら下がっていた。

“こりゃあ、今だ。”

と、さあっと飛びついた。
男を追っかけて、ヘビも飛びついて来たが、
勢い余って、木の枝にグルグルとからまってしまった。 
よし来た、この間に逃げよう、捕まったら食われてしまう・・・
男は、木から飛び降りて、走った走った。

ヘビはズズ、ズズ、ズズズズッと追っかけて来る。
何としたら助かるだろう?

“ああ、もうダメだ。”

観念したとき、そこにヨモギと菖蒲が、たくさん生えている
大っきな沼があった。
そこに飛び込んだ。

追いかけてきたヘビは、

「悔しい、悔しいなあ。ヨモギと菖蒲はヘビの毒だ。
男を食わないのは悔しいが、身体が溶けてしまう
(あや悔すいちゃ、悔すいちゃ。ヨモギど菖蒲つものは、ヘビの毒だ。
男どご食[か]ねだども、悔すいげっとも、かばね熔けてすなあ~。)

そう言うと、スススッと音もたてないで、居なくなった。

それからというもの、その慾たかり男も心を入れ替えて、

“余りにも自分の慾ばかり考えていると、
ろくな目に遭わないもんだなあ
(ほおげな、我欲などばりかえでっつど、禄な目に遭わねもんだな~。)

“我慾ばり考えていると、
こんなことでは、身滅ぼして死ぬワ。
少し、このへんで、何とかしないといけないな、
たまには人様のために成ることもするように心がけよう。”

と、考えるようになった。

それからは、5月5日の節句には、心の魔除け、身の魔除けに、
夏の菖蒲とヨモギを採ってきて、軒の下に挿して、
菖蒲湯に入るようになった。
男は、身を清めて、心安らかに生きるようになったそうだ。

とんぴんからりん山椒の実
鬼首のはさ掛け(2006年10月)
鬼首のはさ掛け(2006年10月)

スーちゃんのコメント



【語り部】 大場重代さん(1933年2月生まれ)
【取材日】 2005年8月5日
【場 所】 宮城民話の学校、会場
ねまりこの宿(宮城県鳴子町)
【取 材】 藤井和子

取材した類話のリスト(語り部氏名、取材日など)。
右端は化け物の種類

1.鈴木敏子さん(山形県、新庄市) 2003年4月28日 妖しい女(鬼のような)

2.北村正人さん(秋田県、鹿角市) 2004年4月24日 化け物

3.小鮒マチ子さん(福島県、猪苗代湖) 2004年7月18日 山ん婆

4.成田キヌヨさん(青森県、十和田市) 2005年5月23日 クモ

5.板垣容子さん(新潟県、山北町) 2006年5月23日 ヘビ


この昔話は、全国に多く流布し、
どれを原稿にまとめようかと迷うほどだった。
それぞれに面白い。
そんなときに、大場さんの語りを聞いて、これだっ! と思った。
まず、語り部の声の質と、話の内容が一致している。
大場さんの声がときどき野太く響くとき、
ヘビ女房の姿が、まざまざと脳裏をよぎる。
ことに会話の調子は、圧巻だった。
また、「野郎(は)、爪先立ちして、嫁っこを待っていた」など、
鬼首方言が生きているように、流れるように耳に入って来る。
語りの世界の醍醐味ですね。

ここの化け嫁はヘビであるが、
他にも蜘蛛や鬼、山ん婆など化け女房は、多彩である。
先に書いた遊佐かのえ婆ちゃんの「蟹の恩返し」も、
ヘビ婿の話なのである。
大場さんからの電話では、婆ちゃんは、
12月12日に何と97歳を迎えて、意気軒昂とか。
大場さんに、ヘビのことを聞いてみたら、
やっぱり、ヘビとの因縁が深い土地柄だった。

鬼首は、かむろ岳(1261m)や花淵山(984.9m)に取り囲まれ、
温泉がどこにでもあるような盆地である。
大場さんいわく、

「かむろ岳の下の方サ行くと、じめじめした湿地帯が多いのね。
湿地帯から湧く水を貯めて貯水池にしたの。
夏の間に貯めた水を少しずつ流して、田圃を作った。
昔から、沼には、大きなヘビがいるから、
沼のあたりには行くなと言われていたの」

という。
営林署に25、6年も勤務した大場さんに、
雑談で樹の話をいろいろ聞いたついでに、
こんな面白いヘビの話も聞いた。

「沢サ行くと、茎から根まで緑色をした美しいミズがあるんだけっども、
そこで昼寝しては駄目だぞ、って上司に言われたの。
青くてきれいな、柔らかなミズが一面に生えている水辺があってね。
そこに、ヘビがいっぱいいるの」

食べられるミズは、茶色の茎に、赤い根をしたものだという。
こういう風土が、おのずからヘビの民話を生んだようだ。

この話の化け女房は、口がないのだから、
どうやって話をしたのか? ま、いいか。
亭主の方は、「仕事のできない雨の日に、嫁に来てくれ」と言うから、
外で仕事をする大工、石工、左官や行商人だったのか。
男がその日稼ぎの職業なら、
飯を食わない嫁っこが欲しいのは、当然かもしれない。

スーの知合いに、水道の水が、夜中にポタポタ落ちるのを、
溜水にして使え、と、奥さんに命じたり、
留守を見計らって電話して、
電話はいつも相手にかけさせるという猛者の老人もいる。
こんな所で、チマチマとケチっても、大してもうけにはならないだろう。
儲けるかどうかの結果よりも、米粒を一粒ずつ数えるような、
痛ましい努力が楽しくなっているようだが、
本人はそんな自分を評価しているのかしら??
いくらケチンボであっても、ヘビ女房がやってきて、
命を狙われることはないだろうが、
つまるところ吝嗇[りんしょく]の最終地点は、
拝金主義、物質主義であるから、
幸せには、なれないんじゃないかしら。