妻有[つまり]の鬼昔

(新潟県中魚沼郡中里村)

次の民話は、新潟県中魚沼郡中里村で取材したものです。
お話をしてくださったのは、樋口倶吉[ともきち]さん(82歳)です。
妻有[つまり]は、このあたりの地名です。
中里村は、魚沼産で知られる全国有数の米どころです。
樋口さんたちと一緒に頂いたおにぎりは何ともはや、
美味しい以上の美味しさでした。

中里村 写真
写真提供 中里村

昔、じさと娘が3人居たとオ。 サスケ

「サスケ」は聞いている人が発する合いの手、かけ声で、これを聞くと話し手は、ノッて来ます)

じさ、山へ畑うない(耕す)に行って、
[ひ]のある内にこの畑をうなってしまわないと大事[おおごと]なんだんが、
と思いながら独り言を言った。

「この畑をうなってくいる(くれる)人は居ねえかなあ。
おらどこは、娘が3人居[い]らんだども(いるが)
誰か一人を嫁にくいる(嫁にやる)がなあ」

じさは、誰も居ね、と思っていたが、

「えへん、えへん」

という咳払いがした。
後ろに鬼がスポ-ンと立っていた。 サスケ

(方言はその話の勢い、感情のひだなど余すところなく伝えてくれますが、
理解のために次からは、会話だけを方言にします)

鬼が言いました。

「じさ、今何言ったえ?」

「オラ、何も言わね」

「言った、言った」

「うんにゃ、何でも言わねス」

「じさ、言わなければ、取って食うぞ」

取って食われるのは、大事[おおごと]なのです。
なお黙っていると鬼が言いました。

『オラ、今そ、この畑をうなってくいれば、家には娘が3人居らんで、
その内の一人を嫁にくいるがなあ~』
、と言ったんそオ」

じさは、

「ウソだ、ウソだ」

と打ち消しました。
鬼はそう言うが早いか、テッパン、テッパンと、
たちまちの内に畑をうなってしまいました。 サスケ

「じさ、全部うなってしまったぞ。明日、嫁もらいに行くすけな」

さあ、爺さんは困りました。

「鬼どん、ま、明日なんたって、支度があら。
あしたなんて駄目だ」

「じゃ、あさって行ぐぞ」

そう言うが早いか、
鬼はどんどん山の方に向かって帰って行ってしまいました。

さあて、これはおおごとのことを言ってしまった。
鬼の所へ嫁に行けなんて、娘は嫌だというに決まっている。
今更断れば、鬼のことだから大暴れするだろう、
困った困った。

爺さんは家路についたのですが、
お茶いっぱい飲まないですぐに寝てしまいました。 サスケ

娘達は心配顔で代わる代わる言いました。

「爺さん、何したんだべ。
山から来たってば、お茶飲んだりするがんに、
飲みもしねで部屋へ入って寝ちまって。
どっか悪やんだべかな(具合が悪いの)?」

てっちょの娘(長女)が様子を見に来て言いました。

「爺さん、起きて居間でお茶でも飲まねえかい」

「何でん、オラいらねえ」

「どっかでも悪りやんかい」

「どごも悪くはねえんだが、
そうんな(お前)、山の鬼ン所へ嫁に行ってくれやれ(くれないか)

「何を爺さん、鬼の所へ嫁にだ?
馬鹿言うさ、誰が鬼の所なんて嫁に行くがぞイ」

ツルン、ツルン、ツルン、ツルンと肝焼いて(腹を立てて)
足音荒く部屋を出て行きました。

次ぎに二番目の娘が、父親の所に来て言いました。

「じさ、茶も飲まねえってか?
おめえ、どっか腹でも病めえだんかい?」

と、何かもの思いに沈む父親にたずねました。

「腹も病めえだんでもねえ。
...んな(お前)山の鬼ん所へ嫁に行ってくれや」

「何を、じいさん。
山の鬼ん所へさ、嫁に行ってくれさだと?」

二番目の娘も肝焼いて、

「馬鹿、じさ、とんでもねえ。
(だい)が、鬼のどこ(所)へなんか嫁に行ぐそい(行くものか)
もうそ(妄想)こくない」

娘は悪態をつきながら、
ぷりぷりして部屋から出て行きました。

最後に末娘がやって来て言いました。

「じさ、どっか、わり(悪)あんかい? 薬でも持って来うかい?」

「オラ、薬も何もいらねえ...」

「何した?」

「...」

父親はぱっと顔を上げると、
娘の目を見つめながら静かに言いました。

「山の鬼ん所へ嫁に行ってくれやれ。
オラ山の鬼と約束してしまったんどオ」

「ええっ」

娘は驚きましたが、
しばらくして、思いがけないことを言いました。

「ああ、じさ、オレ行ぐぜ」

この子は、気立てのいい
何ともいえないやさしい所のある娘なのでした。

「行ってくいるか? そら、よした、よした、よした、よした(良かった)
頼ま、行ってくれや(頼んだぞ、行ってくれ)

爺さんはむくりと起き上がってまんま(飯)をかき込むと、
すっかり元気になりました。

翌朝、娘は父親に頼みました。

「オラ行くが、お前、藤の豆を拾って来てくんねいか?
オラ、藤豆をポタンポタンと落として行ぐすけ。
藤豆が芽を出して、でっかく太って、木に巻きついて巻き上がって、
いい藤の花を咲かした頃、
おみゃ、オレん所へ迎えに来てくんねいか」

「オラ、それ位のこたあ、やるぜ」

爺さんは、朝から晩までかかって藤の豆を拾って、
大きな大きな袋に詰めました。

いよいよ、嫁に行く日になりました。 サスケ

その日、鬼は紋付き羽織袴に正装した姿で
娘を貰いに来たのでした。 サスケ

娘は、鬼の後について深い山に向かって歩きながら、
藤豆をストンストンと落としました。
二人はやがて山の彼方に消えました。 サスケ

藤豆はまもなく芽を出し、
何年も経つと大きな木に巻きついて紫のきれいな花を咲かせました。
5月の微風にゆれる花房を見ていると、
娘のことがしきりに思い出されました。
娘に会いたいと、
爺さんは思いました。

藤の花を目印に山の奥へ奥へと向かいました。
はるか向うに小さな家が見えて来ました。 サスケ
庭に近づくと、五つ六つの男の子がヨチヨチと遊んでいました。
近づくとその児の額には
角がちいっと(少し)出ています。

「おお、あれがオレの孫だかな。オレのかわいい孫だかな。」

爺さんは、ぐっとかわいさがこみ上げて来ました。

人声を聞いて、娘が家から出てきて言いました。

「お前、迎いに来てくれたかい、もう晩方だすけ(夕方だから)
明日行くがんね(あす逃げましょう)
しばらく押し入れの中へ隠れていてくんないかい」

[よし、よし」

爺さんは子供を抱き上げながら言いました。

「この子はオレの孫だな」

「あ、これ、カクという名前付けてがんだ(名前を付けているよ)

じいさんは娘の言うままに押し入れの中に入って、
黙って隠れました。

晩方になって鬼が戻って来ました。

鬼は戸を開けると入って来るなり、

人間臭いなあ、どうも人間くさいぞ、

と鼻をピク付かせ始めました。

「人間臭いこたあねえ、オレは人間だんが(私は人間だよ)

「そうだな」

割り切れない思いでしたが、
父親が来ているとは夢にも考えませんでした。

翌朝、鬼は早くから出かけてました。
爺さんは、“逃げるなら今だ”とばかりに、
娘親子を連れてあたふたと山を降りました。 サスケ
爺さんは家にたどり着くと、
だんだん心配になってきました。

“さて、鬼のこったすけ、
きっとオラの後を付けてここへ来るにちがいねえ。
ここへ来いば、どんなに大暴れするやらわからねえ。
オラばっかじゃねえ、村のし(衆)に迷惑かける。
何とかして鬼を絶やさねば...”

娘に相談すると、彼女は恐ろしいことを口にしました。

「鬼を絶やすには、
この子を半分に裂いて串に刺して入り口に挿しておく。
ほうしたら鬼は逃げる」

爺さんは慌てました。

「こんなめぐい子を半分に裂くなんて、何や出来ると」

やさしい娘なのですが、言い出したら後にひかない子なのでした。
娘はきっとした面もちで爺さんを見つめて、
なおも言いました。

「それしなければ、鬼は大暴れに暴れて村に迷惑をかけるぞ。
迷惑をかけちゃなんねえ。
...この子を裂いて、串に刺しておくれさい。
さあ、思い切ってしてくんない(くだされ)
鬼を逃がす(追い払う)には、それよか手はねえ。早く、早く」

爺さんは涙を流しながら、
まさかりを取り上げ、孫の方に近づいて行きました。
カクは殺されることとは知らないで、
にこにこしながら傍に寄ってきました。
娘は

「それ爺さん、早くやってくんない。鬼が来るすけ。
鬼が来ない内にこの子を串に刺いておかなければ鬼が大暴れする」

カクはだっこしてほしそうに、
爺さんにまとわりついてきます。

「オラ出来ねえ・・・」

じいさんは、腹から絞り出すような声でうめきました。

「それ、早くしろ。可愛い息子だんが、思い切ってしてくれ」

「お前やってくれ」

娘と押し問答をしますが、
いつ鬼が追いかけて来るか気が気ではありません。
爺さんは泣きながらまさかりでカクを二つに裂きました。
娘の言うままに、
家の入り口に挿しておきました。 サスケ

その時、息を弾ませた鬼が姿を現しました。
我が子が、
あっ串刺しになっているではありませんか!
さすがの鬼も驚きました。

「人間ってもんはおっかねえもんだ!
娑婆で人間ほどおっかねえものはねえ。
めぐい孫なのにこのようにむごいことをする。鬼どころのもんでねえ」

鬼は、“人間はおっかない、おっかない”と言いながら、
山に逃げていってしまいました。

これで、いちげざっくり

スーちゃんのコメント



【話 者】 樋口倶吉さん(82歳)
【日 時】 1999年7月10日
【場 所】 新潟県中魚沼郡中里村、中里村公民館

樋口倶吉さん写真
樋口倶吉さん

この話は、いつ思い出してもしいんとなります。
「娑婆で人間ほどおっかないもんはいない...」か。
この世に鬼なんて居なくても、
人間自身が鬼だと言っているのです。

この民話[つまりの鬼昔]は、
圧倒的な魅力で迫ってきます。
何をもって人間とし、何をもって鬼とするか、
概念だけではむなしい。
相手との一瞬一瞬にあふれる暖かな人間を感じたり、
あるいは不気味な冷たさに鬼を感じる、私です。

樋口さんは、この昔ばなしを
子ども達に聞かせる前には、
必ず[自分の体験した戦争の話]をすると
おっしゃいました。
戦場での人間の気持ちでしょうか。
子ども達は、よく聞いてくれるそうです。