米子に出たカッパ

(鳥取県米子市)

昔、米子城下で、こんな噂が立ちました。
夜、便所に入ると毎晩のように
お尻をなでるカッパが出るというのです。

ある晩、力自慢の侍が

「ワシが退治してやろう」

と、刀を手にして便所に入ました。
便器にまたがると、
暗い便所の奥から(第二次世界大戦直後まで、日本の田舎は、大抵汲み取り式便所で、便器の底のほうは見えず真っ暗でした)
毛むくじゃらの手がにゅーっと出てきて、
お侍のお尻をなでようとしました。

「や」

というかけ声もろとも渾身の力を込めてその手を掴み、
一太刀浴びせて片腕を切り取りました。

屋敷に戻った侍は、
これがカッパの腕というものか、と、
ためつすがめつ妖しい腕を眺めておりました。

と、そのとき
カッパがぬっと目の前に現れたのです。

「お願いです。その腕を返して下さい」

「嫌じゃ」

「貴殿には、珍しいだけかもしれませんが、
私は片腕がないともうすぐ死ぬのです」

「腕くらいで、死なぬよ」

「いいえ、午(正午)の刻までにくっつけなければ、命がありません。
十二時間以内ならば、元通りに治ります」

と、不思議なことを言いました。

やりとりのあとで、結局、
カッパは悪いことを二度としないと約束して、
片手を戻してもらいました。
ひょいと片腕を肩の切り口に合わせて大喜びです。
治った証拠に、
側にあった漬け物石を軽々持ち上げてみせました。

「お礼に何でも治すこう薬と、
接骨法を書いた巻物を差し上げましょう」

と言って立ち去りました。

このカッパは、侍との約束で米子あたりをうろつくことを止め、
黒坂(日野町、ハーンの怪談にも多く出てくる)にやってきたのです。

日野川の上流、
河童淵というところでカッパが出没し始めました。
どうやらいたずらをしているのが、コイツらしい。

水を飲みに来た馬を川に引きずり込んだり
(これをカッパの駒引きという)
ぶらぶら歩いて来る馬を
川に引っ張り込んでムリヤリ水を飲ましたり、
一人で泳ぎに来た子どもの尻子[しりご]を取ったり

(お尻からはらわたを抜くこと。
スーちゃんの故郷小豆島では、ガタロがきもを取るといい、
ガタロに肝を抜かれた子は決して生き返らないのです)

いけないことをあれこれやっては、
喜んでいたのです。

ある日、黒坂の光明寺の和尚さんがやってきて、
川べりの岩に妙な字を書きました。

それからは、このカッパは、
二度と現れなくなりました。

スーちゃんのコメント

このお話は、鷲見[すみ]貞雄氏
(鳥取民話の会会長、81歳、新聞記者OB)から伺いました。

80歳を越えたとは思えないほどフットワークが軽く、
抜群の記憶には脱帽です。
鳥取の民話が損なわれずに大切に保存されているのは、
この方の尽力、といっても過言ではありまん。