「犬の墓」再訪

(香川県小豆島)

犬の墓の昔話は、既出を参照されたい。(→犬の墓

スーちゃんのコメント

一昨年(2005年)の秋に、犬の墓を現地取材した。
これが目指す犬の墓ではなかった顛末は、
前に書いたので参照頂きたい (→犬の墓のコメント

今回は、本当の犬の墓の所在が分ったので、再訪した話である。
(2007年3月8日)

次は、コーディネーターをつとめて下さった広瀬サカヱさん
(小豆島の民俗を語る会、ヨガ教師、ちょっと見60代)の手紙の一節だ。

「・・・一歩山に入ると、サクラが満開になっていました。
今日は、シカ4匹にも出会いましたし、トンビがタヌキの
死骸を漁っていたり、 (犬の墓のある)三都半島は
自然がいっぱい残っているなと改めて感じました。」(2月20日、記)

温暖な小豆島の春は、2月にもう桜を咲かせるようだ。
山桜が咲き匂う、しいんとした山のたたずまいが目に浮かぶ。
聞こえるのは、山風の音だけ・・・

先般訪ねた秋もいいのだが、春浅い頃の山歩きはとても魅力的だ。

犬の墓に入る山道付近には、ツルニチニチソウが根を張り、
葉を重ならせて、 薄藍色の可愛い花を咲かせていた。

「さあ、山に入りましょう」

総勢11人は、縦一列になって、思い思いに登り始める。
一昨年の“犬の墓”への山道は、クマザサと、
放置竹林の横倒しになった朽ちた竹とで、
つま先上がりに一歩進むにもかなり困難だった。

今回は、何と無し道がついているようで、キモチ楽に前に進めそうだ。
というのも、少し前に、地元の大石輝毅さん(73)
広瀬さんと一緒に山に入って、 下草を刈り、
山に目印を付けてくれたからだった。

背丈を超すクマザサの間を縫い、
やがて、枯れ木ばかりの林に入る。

山道を登る。
山道を登る。

案内役の大石さん兄妹(芝崎光子さん)を先頭に、
急なつま先上がりの山道を登りはじめた。
先日、役場のお達しがあったそうだ。

「シカ・ハンター達が、銃でシカを撃つので警戒してください。
白い帽子、白っぽい服を着た方がいい。
先頭の人は、竿竹の先に白い布を巻いて、掲げて歩くように」

うああ、大事になっちゃったな。
みんなは、登りながら、次のことを口々に話す。

・・・犬の墓、に行って、撃たれたら大変、とビビって、
キャンセルした御仁が3人も出た。

・・・ハンターは、道路から山に向かって、(動くモノ)を狙うらしい。

・・・グループから、はみ出さないように。

スニーカーの靴底が枯れ葉にこすれて、気持ちがいい。
柔らかな足ごたえだ。
一面に厚く積もったクヌギや、ヒサガキ、クバメガシの枯れ葉に
足を取られて、 片足が沈んだこともあったけどね。

小豆島の人達は、皆さんさっさっと歩く。
特に、ハイキングの会の4、5人は健脚だ。
橋本薫氏(69)、川崎健知氏(67)は見事な足さばきをみせる。
日頃の鍛錬がモノを言うのかな。

・・・有名になっている観光スポットではない小豆島の好いところも、
一杯あるのですよ。
と、彼らは言う。

スーの足を心配して、同級生の谷上時彦氏が
ぴったりと背後につけてくれている。
最後は、あえぎながらしいんと静まりかえった山道を昇る。
次第に行列の後ろの方になってしまった。

やっ、前方に小さな石のヤシロが見えるぞ。

犬の墓
犬の墓

「あれが犬の墓!」

と、誰かが指を指した。
回りの下草が刈られて、小ざっぱりした雰囲気だ。
谷上氏「お墓やから、ちょっとやけど、花を用意したんですワ」

誰かが、持参したミカンや飴を供えた。

集合写真
集合写真

下りは、スピードがついて却ってアブナイ。
バンビ、出てこないかな、と願ったが、シカは音無しの構え。
銃声のこだまも聞こえない。
やがて、行きは気が付かなかったが、下方左手に廃屋が見えた。
放置した40年の間に、軒は傾き、庭の木は伸び放題、
おそらく竹が古畳を突き破っているだろう。
夏になれば、天井からヘビのヤツが落ちてくるはずだ。

荒れ放題の軒先に、鮮やかな赤い郵便受けが印象的だった。
人間のにおいは、これだけだ。
現代の化け物、過疎とは、こういうリアリティを持った魔物なのだ。

犬の墓のある三都半島の対岸は、
讃岐の志度や屋島五剣山を擁する 四国本土の島影を望める
景勝の地でもある。
春浅い瀬戸内海はコローの絵のように、
乳色の空が海に降りてきて混じりあい、ボウッと霞んでいた。
昼前の波一つ無い青々とした海面には、
黒い船腹を見せて、数隻の船が行き交う。
互いに白い尻尾のような航跡を従え、のんびりと進む。

誰かが山の方を振り向いて、八合目当たりを指さした。

「犬の墓は、あの辺りや」

山の頂上から左にちょっと下がったところ、だった。

「大蛇が棲んでいた洞穴も、あの辺りを探せばあるはずや」

ふうん。
こんな山の中に民話が息づいている、
不思議な世界だった。

3月、ミモザが満開になる小豆島の春
3月、ミモザが満開になる小豆島の春
写真提供:谷上時彦氏