疫病を運ぶヨーラー(夜烏)

(沖縄県、新城島)

●新城島[あらぐすくしま]のこと

西表島の東側にある2島から成る。西表島寄りの下地島と、ここから直線距離で500m 離れている上地島からなる。(大干潮時には歩いて渡れるかと思えるほど近いが、甘く見てはかなりの危険を伴うので、用心のこと。)西表島から手近の下地島へは、汽船で10分足らずの近距離にある。

島民は、昭和16年、県の開墾事業奨励策により、60世帯が西表島に移住した。戦後再び、新城島にUターンした人達もいる(竹富町役場、町史編纂室談)

本編の語り部、城間トミさんも昭和13年から16年にかけて、一家をあげて上地島から西表島(大原)に移住した。
見渡す限りの原野を開墾し、兄等と米作に従事した。徴用されて兄がいなくなった後は、ひとり家を守ったが、その苦労の多くは語らない。

下地島は居住者2名以外は、島全体が個人の牧場になっているので、集落はない。島の中央に向かう道はすべて私道である。

上地島の人口は現在、公民館長を含む5人。25軒。元の島民は石垣島に常住し、祭の催し物の時などに、別荘のように使っている実家に戻って来る。農地はなく原野と屋敷跡。

祭事など催し物があり、人数が見込まれれば西表島から、臨時便が出航するが、島への定期航路はない。

新城島(上地島)の海
新城島(上地島)の海
写真提供:「沖縄・八重山離島案内」

新城島の豊年祭(6月、干支の良い日を選ぶ)は、3日間続く。身体中に蔦を巻き赤い面を被った神、アカムターと、黒い面を被っているクルムターという大小の竜宮の神が、槍を持って舞を舞い、各戸を回わって福を授ける。

従来からこの祭は秘祭とされ、近年は観光客を受け入れているが、祭の戒律は厳しい。石原慎太郎の小説「秘祭」のモデルとなっている。

城間さんは7つの時に、「この話は、新城島だけの話サね」
と言う祖父から聞いたそうだ。
ヨーラーは、上地島にはたくさん、飛んでいた。
クワッ、クワッと鳴いて浜にいたし、森を作って群れていた。
さて、どんな話でしょうか?

城間トミさん
城間トミさん

夜、あるお爺が、海に行ったって。タコや魚を取りにね。
浜に降りたら、カラスが何匹かわからんほど、
くり舟に乗ってきて、 舟を岸に揚げようとしていた。
手も足もないカラスには、舟を岸に揚げきらん。
お爺は、カラスに近づいて尋ねた。

「あんた方、何しているんね?」

その舟は、木の葉っぱだけど、
なぜか大きなサバニのように見えた。

カラスだけの力で、舟を岸まで引き上げるのは、
とうていムリだった。
お爺は、舟をサッと岸まで引き上げてやった。

「お爺ちゃん、ありがとう」

カラス達は、一列に並ぶとお辞儀をした。

お爺「あんた達は、舟に乗って、ここに何しに来たんだい?」

カラス「神様から、この島に風邪の種を蒔きなさい、
と命令されて、 天国からここまで来た」

カラス「オレ達は、風邪の種を持って来たんだ。
あの島、この島へ落として回っているんだ」

別のカラスが聞いた。

「お爺ちゃんの名前は、何というんです?」

お爺「わしか?
わしは、なーまーやーのお爺だ」

カラス「なーまーやーは、お爺ちゃんの名前ですか?」

「いいや、屋号だよ」

オサハシブトガラス(撮影地、竹富島)
オサハシブトガラス(撮影地、竹富島)
写真提供:沖縄のガジ丸

カラスは、お爺に知恵を授けた。

・・・おれ達が、お爺の村にクワ~クワ~と鳴きながら飛んでゆく。
夜7時とか、8時頃、辺りが暗くなる頃だ。
風邪の種を蒔いて、人間に病気を作るんだ。
天からの命令だから行くよ。
そうしたら、杵で臼を打ち鳴らして、

“なーまーやーど、なーまーやーど”

と大声で唱えるとよい。

それからは、ヨーラーが鳴いて来るよ、こっちにやって来るよ、
という時には、
お爺は、杵で臼をゴンゴン叩きながら、

「なーまーやーど、なーまーやーど」

と大声で叫んだ。

カラスは、しょっちゅうやってきた。
村のみんなは、なぜか分からなかったものの、
カラスが来る度に、

“なーまーやーど、なーまーやーど”

と叫んで、臼を叩いた。

そんなことがあって、新城島では、
滅多に風邪の種が落ちないようになった。

今でも、(この西表島に移住した)新城島の人達は、
カラスがやってくると、臼を叩くんですよ、と城間さん。

スーちゃんのコメント



【語り部】 城間(ぐすくま)トミさん(大正8年11月生まれ)
【取材日】 2006年5月18日
【場 所】 西表島の自宅
【取 材】 藤井和子

朝、都心を歩くと、カラスがごみ袋を器用につついて、
生ごみを食い散らかしている光景によく出会う。
ふてぶてしくじろっとこちらを見るが逃げもしない。
都会に棲息するカラスは、くちばしが湾曲し、
おでこが張り出ているハシブトガラスだ。
「烏のぬえば色」と表現されるように、光沢のある漆黒の鳥だ。
カア~カア~と澄んだ声で鳴く。

呑み友達は、「今日、お寺の境内(都心)に捨てられた子ネコを、
カラスのヤツが追い回していた」
と、憤慨した。
カラスは、雑食性だから、子ネコの運命も風前の灯火だったのか。
彼は愛媛県の田舎に育ち、悪いことをすると、
庭の木に縛りつけられたいたずら坊やだった。
その男にして、カラスは悪いヤツだ、といたく憤慨するのね。
昔のいたずらっ子は、小動物をいじめなかった。
ヘビやネズミを追い回して殺す子は、異常な子どもだった。

スーも毎日水をやって、大事に育てていたホウセンカが
カラスの害に遭ったことがある。
ベランダのシュッと延びたその茎は、
もう明日咲くかと楽しみにしていた頃。
・・・窓を開けて、へなへなとなった。次に怒りが湧いた。
その美しい茎が、無惨に食いちぎられていた。
くちばしの曲がった、おでこの突き出たカラスが飛んで行った。

ハシブトガラス
ハシブトガラス
写真提供:姫路市自然観察の森

カラスは、人間より優れた色覚を持つという。
カラス博士の杉田昭栄教授(宇都宮大学、農学部)によれば、

「カラスの網膜には、色や形を感じる錐状細胞がたくさんある。
それも3種類ある。7色の虹どころか、
14色以上の色彩感覚を持つ可能性さえある」
(「カラスなぜ遊ぶ」集英社新書、2004年刊)という。
驚くべきことに、植物の美味しい最適の頃を、
色彩から判断出来るという。

日本にいる烏は、5種(ハシブトガラス、ハシボソガラス、
ミヤマガラス、ホシガラズ、コクマルガラス)

世界では40種いる。日本の烏では、
代表的なハシブトガラスの他に、ハシボソガラスがいる。

沖縄本島や奄美群島にいるのは、リュウキュウハシブトガラス。
内地のハシブトカラスより一回り小さい。

リュウキュウハシブトガラス(撮影地、奄美島)
リュウキュウハシブトガラス(撮影地、奄美島)
写真提供:吉沢智子さん

石垣島、西表島や竹富島にいるのは、
オサハシブトガラスというとても小さい烏である。
城間さんが、新城島にいたころ(もう65年以上も前だが)
オサハシブトガラスがたくさんいたのだろうか。

カラスのサイトCrows!! を運営する武藤幹生氏からは、
カラスの種類についてアドバイスを受けた。
このサイトで、氏の録音になる貴重な鳴き声が聞けるので、
ぜひ試してみられたい。
http://www7.plala.or.jp/gm2/crow/syurui.htm

このカラスの鳴き声を聞くと、
民話のカラスの鳴きかたとだぶってきた。なぜか?

日本のカラスの2大勢力は、
前述したハシブトガラスとハシボソガラスである。
問題はその鳴き声であるが、ハシブトガラスが澄んだ声で、
カア~カア~と鳴くのに対して、
ガオ~ガオ~と濁った声で鳴くのは、ハシボソガラス。
ハシブトガラスよりやや小さくて、
郊外や農村地帯に多く棲息しているらしい。

ハシボソガラス
ハシボソガラス
写真提供:武藤幹生氏

民話の中のカラスは、いったいどのように鳴いているのか??
カラスは、次のように真実を伝える鳥として登場する。
例えば、

雀っこの話(舌切り雀)
(妖怪通信、秋田県鹿角市、語り部は、小坂和子さん)

欲張り爺さんが家に帰る途中で、
雀のお宿で貰った大きなつづらに何が入っているか、
カラスが教える場面がある。

★爺っちゃ、けっちサ、長々[ながなが]下がった ガオッタ、ガオッタ★

カラスは、カア~カア~とは鳴いていない。

「瓜子姫とアマノジャク」
(取材済みだが、未公開。 秋田県湯沢市、語り部は、中川文子さん)

瓜子姫[うるしめんこ]に化けた妖怪、アマノジャクが、
輿に乗って御殿にお輿入れして行くとき、
カラスがやってきて、次のように鳴く。

★うるしめんこ(瓜子姫)の 乗り駕篭サ、
アマノジャキャ 乗ってアヤ おかしデヤ ガホガホ★

ここでもカア~カア~とは鳴かないで、
濁ってガホガホと鳴いている。

この濁った声でなくカラスは、
ハシブトガラスではなく、ハシボソガラスである。
農耕地帯、秋田県に棲息するカラスは、ハシボソガラスなのであろう。
民話はそれを正確に再現していることに気付く。
カラスはカア~カア~ 鳴くものだという思い込みから、
語り部はカアカアと語るかしら、と思うが決してそうは語らない。
語り部は、昔から聞いたまま、
覚えたままを口にしているので、創作なし、ごまかしなし。
口での言い伝えのすごいところだと思う。
民話を現地で実際に取材すると、
鳴き声までの細部から、面白い発見が出来た一例である。