茶釜のふた[またぎの隠し玉]

(秋田県、横手市)

昔、一人のまたぎ、
ネコどこ大しためっこがって(可愛がって)、飼ってやんだけど。
ある日、玉無[ね]くなったな、と思って、
またぎ、晩げに炉端サ座って、玉作り始めた。
そうしたきゃ、側サいた飼いネゴ、
玉っこ一つ出来れば、コクッとうなずくんだ。
二つ出来れば、コクッと。
三つ出来ればコクン。

(ここからは、全国区の読者の分かりやすさを考慮して、
方言は会話の後ろに注の形で出します。)

土谷和夫氏
土谷和夫氏

そうしてまたぎは、ようやく玉を7個作った。

“明日からまた、鉄砲打ちに行くにいいな
(明日から又、鉄砲打ちに行くことができるな。)

「さ、今日はもう寝よう(今日は寝るべ。)

と独り言を言った。

次の日、猟をしに山に入った。
どうしたことか、何にもいない。

・・・やまどり一羽、うさぎ一羽いない。

・・・何だ、こういう日もあるんだなあ。

背後から、ギヨロッとにらむけものの気配を感じた。
またぎは、そこに隠れていて、じっとその方をうかがった。
何だか、大きなけものがいるような感じがした。

・・・よし、射止めてやろう。

玉を込めて、バーンと一発目をぶっぱなした。
カツーンと音はしたが外れた。

あや~、

二発目の玉を込めて、バーンと打ったが、
今度もカツーンと音はしたが当たらなかった。

そのけものがだんだんと近寄って来る。
七発目の玉を込めて、バーンと打ったが、
それもカツーンと音がしただけだった。

“あと、もう玉がない!”

このまたぎは、プロであった。

冬山に向かうまたぎ
冬山に向かうまたぎ
(写真提供:秋田県観光課)

猟師というものは、
必ず一発だけ、余分の玉を持って行くものだ。

“よし、これで最後だ。
これが当たらなくては、どうしようもない
(これ当たらねば、何ともならね)。”

その最後の玉を鉄砲に込めて、バーンと打った。

・・・ギャーッ!

ものすごい声がして、そのけものはすっ飛んで逃げた。

またぎが、その声の方に走って行くと、
そこには血の跡だけがあって、何も居なかった。

“・・・不思議なことだ。何だったのか(何だったべな)。”

家に戻ると、

“今日も片づいた。
お茶(お茶っこ)でも飲んでみよう。”

と、湯を(湯っこ)沸かそうと思って、鉄瓶びんを見たが、

あれっ、ふたがない!

ふた、どこへいったのかな、と思いながら、
大して気にもしないで、
湯を沸かし茶を飲んで、くたびれていたので
そのまま寝た。

翌朝、起きてみたところが・・・
今まで可愛がっていた(めんこがっていた)ネコがいない。

“さあて、どこへ、行ったのだろう?
(どこサ行ったもんだべな。)

そう思って、昨日鉄砲を撃ったところに行ってみると、

あれっ、
・・・オレ(わい)の茶釜のふた(ふたっこ)がある!

ネコが死んでいた。
それも茶釜の姿になってね。

とっぴんぱらりのぷう

 土谷さんによると、
「ネコは八発目の玉に当たったのです。
ネコは、茶釜の蓋を玉避けにして、七発目の玉まで受け止めたが、
またぎの隠し玉の八発目があることを知らなかった。
油断して、ふたで避けるのを止めたところへ、
8発目が飛んできて命中したのでした」

スーちゃんのコメント



【語り部】 土谷和夫氏(1931年生まれ)
【取材日】 2003年4月28日
【場 所】 顧客利便施設(横手市)
コーディネーター 黒沢せいこ氏
【同 席】 横手とっぴんぱらりのぷうの会、有志
【方言指導】 伊藤雅樹氏(秋田県東京事務所)
【取 材】 藤井和子

化け犬というのは聞いたことが ないが、
民話には化けネコが多くでてくる。
ネコ好きの人は、可愛がっているネコが足の間を通り抜けるときに
キューッ、キューッと、身をくねらせながら、
こすって行くのが何とも言えない、とか、
撫でてやると目を細めてのどを鳴らすのがいい、
なんてうんと目を細めながら言う。
スーちゃんは、ネコが病気になって
メシが喉を通らなくなった男性の知人を知っているが、
こうなるともう家族以上である。
ネコは治ったが、本人が病気になったら、
それこそ本末転倒なのだ。
ネコへの思い入れは、想像以上で、
犬好きの犬に対するよりも強いと思う。

長くネコを飼っていると、
ネコはホントに化け物になるのだろうか。
ネコは犬のように、命を張って戦い主人を守ることはないが、
主人のために化けネコになったりするなど、
何か犬に比べて陰気な雰囲気が・・・
ネコ好きの方、すいません。

佐賀県鍋島藩の化けネコ騒動は、
愛猫が化け猫になって、
死んだ主人の仇を討つという大時代がかった話であったが、
各地に類似の話がありそうだ。
このように一見おとなしげなネコも
本気になれば、ヤルときにはヤルのである。

さて、年を経た飼いネコは、
化け猫を経て、猫又という妖怪になるらしい。
だれも見たことがないのだが(コレが妖怪のミソなんですウ)
それなりに怪しい姿になる。
尻尾の先が二股に分かれる、とか、
家の婆さんを食い殺して、
婆さんの姿に化け、婆さんになりすますとか。

スーちゃんは、5つの時、祖母に
「山田のお婆[ば]ん」という小豆島の昔話を
寝しなに聞いたが、今思えば、
これは猫又がおばんになりすました話であった。
地方によっては、小池の婆さんと呼ばれたりするが、
なぜか筋は同じなのである。
(そのうち、書きますわよ。)

島根県の次第高という民話では、猫又の親分が
次第高という妖怪になる、と信じられている。参照されたい。

化けネコ→猫又→次第高、分かりますか?
これらの怪しいネコ達は、どうもいるらしいのだが、
しかと見た人はいない。
スーちゃんは、どれでもいいから
実のところ、逢いたくてウズウズしているサ。